待山栄一から  第三回:一般的なレイキとダイナミックレイキコウとの違い

塾長コラム 待山栄一から

第三回:一般的なレイキとダイナミックレイキコウとの違い

 一般的なレイキでは、自分が気になるところ、幹部、または基本のポジションに手をあて、自分がパイプになったような気持ちで、気を流していく。何が起ころうと一切結果にとらわれることなく、流し続ける、もう充分と思うところで、やめる。と、教えているところが多い。  一方、ダイナミックレイキコウでは、邪気をムドラー(印)で分析、そのポイントに流す。気を送っている時間は、一つのポイントに数秒から数十秒、自分が何に向かってどう気を送っているかが解る。結果、其の人がどういう理由でどうして病気になったか深くその人が解るようになっていくのである。  ある人が、歯が痛いとやってきた。何軒かの歯医者で診てもらっても、どこにも異常はないというしかし本人は、痛くて仕事にならないくらい苦しんでいる。痛いところをおさえてもらって、ムドラーで分析すると、本人も気づかない問題があったのだ。ある意味、歯の痛みは現象として出ているだけで、問題は全然別のところにあったのだ。  気をそこに当て、原因がなくなると、歯の痛みも消失。以来、痛みは出てこない。 本人もわからない理由にも気づくことができるのである。 第一回:氣で治すということ 第二回:ボディーワークではなくエネルギーワークが必要な意味 第三回:一般的なレイキとダイナミックレイキコウとの違い 第四回:氣の世界への入り口〜待山栄一の場合 その1 第五回:氣の可能性—心と身体と魂と〜待山栄一の場合 その2 第六回:目に見えないもの「氣」の姿 part.1 第七回:目に見えないもの「氣」の姿 part.2 第八回:両手の氣と肩手の氣