待山栄一から  第一回:氣で治すということ

塾長コラム 待山栄一から

第一回:氣で治すということ

 すべての物に陰/陽があるように、トリートメント(手技)とエナジーワーク(氣の技法)も同様です。

 あるとき腰痛の男性が来られ、ベッドにドサッと倒れうつ伏せで、ウンウンいって動けませんでした。しかたなく私はエナジーワークのみで施療して、(この間患者さんにまったく触れていません)
「もう動けると思います。立って見て下さい」と声を掛けたところ、患者さんは「痛くてそれができないんです。」と言いながら立ちあがろうとして、瞬間スクッと立たれました。
「あっ、痛くない」驚いて腰をひねって確認すると、私を化け物でもみるような目でみて、二三歩後ずさりして「こんなのイヤだ!催眠ですか。手品か、マジックですか。」と言い早々に帰ってしまいました。

 またあるとき、飲み屋さんで飲んでいた時のこと、店員の女性がビッコをひきながら「どうしたのか足首が痛くて、明日先生のとこ行こうかしら。」と言っていました。私は眼についたことのみエナジーワークして(この際も触れていない)「どうですか?」と聞くと「まだ痛い」とのこと。
「あとは明日やりましょう。」と言いましたが、翌日待てど暮らせど来ないし、連絡もありません。後日聞くと「忘れちゃったのよ。だって次の日になったら治っちゃったのよ。前の日あんなに痛かったのにね。なんだったのかしら?」

 このような経験を何度となく繰り返し、私は人に触れずに治すのはダメなんだと思うようになりました。人はトリートメント(手技)をされたという意識があって(潜在意識)はじめて治ったと感じるのです。たとえ、エナジーワーク(氣)のおかげだとしても。
最初の方は、また痛みが戻ってきて、「やはりインチキだ。あれは、手品かマジックだったのだ」と思うし、次の方は商売になりません。

 このセミナーをうけ、プロになろうと思われる方は何らかのトリートメント(手技)を身につけ、そのうえで氣の技術を身につけることをお勧めいたします。
そうすると、人間を深く理解できるようになり、氣の技術面白さ不可思議さを感じられるようになると思います。

第一回:氣で治すということ
第二回:ボディーワークではなくエネルギーワークが必要な意味
第三回:一般的なレイキとマチヤマ気功との違い
第四回:氣の世界への入り口〜待山栄一の場合 その1
第五回:氣の可能性—心と身体と魂と〜待山栄一の場合 その2
第六回:目に見えないもの「氣」の姿 part.1
第七回:目に見えないもの「氣」の姿 part.2
第八回:両手の氣と肩手の氣